『Tu 多様体』 L.W.Tu

はじめに

大学に入って個人的に最も感銘を受けた教科書の1つである,Tu多様体を紹介する。多様体は数学科の学生はもちろん,物理学科の学生も必ず知っておくべき分野である。 現代の物理学では,宇宙はリーマン計量を備えた4次元可微分多様体としてモデル化されているからだ。多様体の教科書として初学者によく使われるものの1つに, 『多様体の基礎』(松本幸夫,東京大学出版会)がある。しかし,以下に述べる理由により,個人的にはこの『Tu 多様体』を初学者にお薦めする。




    

内容について

位相多様体というのは局所的にユークリッド空間と見做せる,性質の良さを仮定した位相空間のことで, ここに極大アトラスの存在を仮定すると微分可能多様体となる。簡単に言えば曲面,曲線の一般化である。

定義にでてきているように,多様体の理解のためには位相空間の知識は必須だが, 本書では必要な知識は巻末に付録として纏まっている。多様体上に自然に定義されるベクトル場はベクトル空間をなし, 微分形式は次数付き代数をなす。これら二つの概念の定義は双対だが非対称性があり,それが引き戻し, 押し出しの可能性の非対称性となって現れている。またこの非対称性が,ベクトル場はリー代数や常微分方程式, 微分形式は積分理論というような「分業」を可能にしている。

このように多様体上の代数構造に伴うさまざまな性質を理解することは,多様体の勉強における大きな目標である。本書の議論はこれらの基本的な概念に加え,微分形式の積分やドラームコホモロジーなど, 既に基礎に習熟した読者が楽しめるような内容も扱っている。 それに加えて多様体の理解のために,逆関数定理,圏と関手,1の分割,リー代数,ホモトピーなど, それ自体として意味のある概念に入門できることも本書の大きな特徴である。各節の終わりに平均して7問ずつほどある演習問題は合計すると150問以上あるのではないかと思う。これを解くだけでも力がつく。



本書の良い点

そして,私が本書で最も優れていると思う部分は,数学において最も大事な『なぜその概念を考えるのか?』という疑問に対してしっかりと回答を用意してくれている点である。 例えば といった,初学者が独学する際に疑問を持つがあいまいにしがちな部分をしっかりと教えてくれている。

また,レイアウトが素晴らしいことは特筆すべきである。定義,命題,証明などが分かりやすく区切られており,図が要所に散りばめられているのも理解の助けになる (本稿は基本的に訳本についての話だが,原著'An Introduction to Manifolds'においても素晴らしいレイアウトは健在である)。 加えて著者Tuの分かりやすく簡潔な説明口調が多様体の学習のハードルを限りなく下げている。

このように,前述の『多様体の基礎』と比べると,扱っている内容の豊富さ,レイアウト,分かりやすさ,演習問題の豊富さなどにおいてこの『Tu 多様体』の方に軍配が上がると 個人的には思う。



本書の良くない点

このように『Tu 多様体』魅力に大量に言及したが,数少ない欠点を挙げておく。


おわりに

本書はこれから多様体を学ぶ数学科の2年生,一般相対論を学ぶ過程で多様体の知識を固めたくなった物理学科生におすすめである。